高取城・葛籠城があった城山一帯。手前の集落は鳥栖市山浦新町

 九千部山麓下の城山一帯には数多くの中世山城が分布しています。

 高取城は本城の勝尾城や筑紫館に向かう四阿屋(あずまや)川沿いの“のど仏”とも言うべき重要な地点に位置し、谷あいの反対側には山城群の表玄関にあたる大手口があります。

 現在は高取山と呼ばれる標高290メートルの険しい山頂一帯に造られ、北山麓には伝春門屋敷があり、南東山麓下には葛籠(つづら)城も存在します。

 高取城はいくつかの文献に「筑紫家門家筑紫左衛門大夫晴(春)門が籠(こも)る」とあり、重要な位置にあたるため、身内の筑紫春門が籠る城だったようです。

 この春門は島津勢の川上左京亮と一騎打ちで戦って相果て、その場所が「槍突き岩」であるという伝説地が残されています。(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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