日韓関係に新たな火種が投じられた。韓国人窃盗団によって長崎県対馬市から盗み出された仏像について、韓国の大田(テジョン)地裁が「倭寇(わこう)によって略奪された」とする韓国の寺の言い分を認める判決を出した。

 盗まれた「観世音菩薩坐像(かんぜおんぼさつざぞう)」は、数百年にわたって観音寺で大切にされ、長崎県は有形文化財に指定していた。ところが、2012年10月、韓国国内へと持ち去られた。仏像の中に収められた「結縁文」には韓国の浮石寺(プソクサ)に奉納されたとあり、浮石寺が所有権を主張する根拠になっていた。

 地裁は、仏像が作られた1330年代ごろに倭寇が韓国中部に侵入したという記録などを元に「略奪されたとみるのが相当」と結論づけたが、極めて根拠に乏しい。約700年前の歴史的な出来事を、司法の場で裁こうとするのは、そもそも無理があったのではないか。

 しかも、盗み出した韓国人の実行犯6人には、すでに刑事罰が下されている。今回の判決は、仏像が盗品であるという事実からは目を背けているようだが、これでは窃盗をも正当化しかねない。

 今回の判決は、国際的な取り決めに照らしても極めて異例である。この窃盗団は観音寺の坐像とは別に、対馬市の海神神社からも国指定重要文化財「銅造如来立像」を盗んでいるが、こちらは2015年7月に日本側に返還されている。

 というのも、盗難に遭った文化財や美術品をめぐっては、所有権の移転を禁じる国際的な取り決め「ユネスコ条約」があるからだ。各国政府は、盗難文化財の回復や返還に適当な措置を取ることが義務づけられている。

 観音寺の仏像は近く、浮石寺側に引き渡されるようだが、既成事実化されないか気がかりだ。裁判は韓国政府と浮石寺の間で争われており、日本側の主張が十分に反映されるのかも不安が残る。

 判決後、浮石寺は「日本には朝鮮半島から渡った文化財が約7万点ある。不法に流出した文化財を取り戻す出発点になればと願っている」と述べていたが、首をかしげざるを得ない。被害に遭った観音寺側が「国家の品格が問われる」と憤ったのも当然だろう。

 近年、対馬では仏像などの盗難事件が相次ぐ。14年11月には、市指定の有形文化財「誕生仏」や大般若経360巻(総額約1億1千万円相当)が韓国籍の男に盗まれる事件も起きている。このケースでは、密輸しようとしたところを日本側が押さえたが、もしも韓国側に渡っていれば、どうなっていただろうか。

 いかに日本の文化財を守るか。背景には人口減少などにより、地域によっては人の目が届かない状況が生まれているという事情がある。そこで、長崎県は寺社や個人から文化財を預かり一括管理しようと、対馬市で新たに博物館を建てる計画を進めてもいる。

 折しも、日韓関係は厳しさを増すばかりだ。釜山(プサン)の日本総領事館前に設置された少女像は解決の糸口さえ見えない。日本側が大使らを一時帰国させるほど事態は深刻である。日韓関係は東アジアの礎であり、これ以上、亀裂を深めるべきではない。事態収拾に向けて、韓国政府はまず、行動で示してもらいたい。(古賀史生)

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