旧暦の4月15日から7月15日まで開かれる出水法要の期間中、霊水堂が開けられ、約2万人(見込み)の参拝客が水を求めて訪れる=白石町須古

初日には、佐賀・長崎の天台宗の僧侶10人ほどが集まり、前日夜から計4回にわたって法要を営んだ

法要の期間中だけわき出るという水を持ち帰れば、家内安全や無病息災にいいとされ、最近は「眼病に効く」という参拝客も目立つ

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【余録】漂うなつかしさ

■「水堂さん」の霊力信じ

 「霊水」とは、例えばこのようなものだろうか。

 「普通、水は長く置いておくとコケが生えたりするでしょ。でも、ここの水は常温でずっと置いていても、悪くならないんですよ」

 熊本市から母親(80)と一緒に訪れた女性(56)の車には、ポリタンクやらペットボトルやら、計25㍑もの水がぎっしりと積まれていた。

 今月10日、白石町の杵島山中腹の安福寺で、恒例の出水法要が始まった。旧暦の4月15日から7月15日の期間中、奥の院境内の「霊水堂」が開き、わき水を持ち帰ることができるのだ。

 「朝、起きがけの一杯で、体の調子がいいみたい」。毎年やってくるという、くだんの母娘は笑顔を見せた。

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 霊水堂に隣接する、築300年を超えるというヨシぶきの観音堂では、初日、佐賀・長崎の天台宗の僧侶10人ほどが、車座になって法要を営む。前日夜から計4回、ほとんど寝ずに繰り返される読経や念仏は、時に銅鑼や鉦の音が響くにぎやかなものだ。

 仏教発祥の地インドでは、雨期に当たる4月から7月までの約100日間、布施行や托鉢ができないため、外出を避けて修行に専念したという。この法要も、こうした「夏安居」と呼ばれる習わしを色濃く投影している。

 「春先の菜種梅雨のころ、山肌にしみこんだ水がわき出てきて、本格的な梅雨の時期を経て、夏場が過ぎるとだんだん水が枯れていくんです」。法要の期間だけ霊水堂が開くのは、そんな地下深い湧水のメカニズムと密接につながっているのだと、住職の嘉瀬慶文さん(53)は言う。

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 水は宗教儀礼と切っても切れない関係にあるが、ここが「みっと(水堂)さん」と親しまれ、霊水信仰を集めるのは、干拓地で水源に乏しく、水不足に悩まされてきた白石平野の歴史と無関係ではないだろう。

 「昔は田植えが終わって、祝いの『さなぼり』が開かれるように、水堂さんにお参りしようか、という感じだった」と嘉瀬さん。険しい山道の階段を登って、白石平野を見下ろしながら、涼しい境内の茶店で一日ゆっくりくつろぐというのが、農村の夏の行楽の一つだったという。

 持ち帰った水は仏壇に供え、田んぼにまいて豊作を願った。けがや病気をしたら「水堂さんの水」が薬代わりでもあった。生命力の再生という「水の力」は、現代の「名水ブーム」へと伏流しているのかもしれない。

 ただ、30年ほど前まで、順番札を出すほど行列ができた参拝の人出にも近年、陰りが見える。名物の須古ずしなどを供した境内の茶店も今はない。「水のありがたみ」が忘れられたわけでもなかろうに。しんとした木立の中で、読経がひときわ高く響いていた。

 今年の法要は9月5日まで。

【余録】漂うなつかしさ

 縁起によると、平安末期、病気に苦しんでいた高倉天皇が夢のお告げに従い、霊水堂の水を取り寄せて飲んだところ全快したとされる。白石平野一帯では初盆を迎えた家庭は必ず参拝する風習があった。近年は「地元の人より佐世保や伊万里、有田からの参拝客が多い」と嘉瀬住職。昔から変わらない「水堂さん」の風景を懐かしんで、望郷の念にかられる人たちが多いのだという。

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