チーフとして絵の具の発色具合を確認する立石郁子さん。「今、職場で筆を持つのはこの時くらい」と話す=有田町の香蘭社赤坂美術品工場

「ベテラン職人の仕事ぶりを間近に見て、教えてもらったことは大きな財産」と話す立石さん=有田町の香蘭社ショールーム

■絵付けの楽しさ伝えたい

 有田焼創業400年を記念し、2015年から全国の9百貨店を巡回した「400年有田の魅力展」。東京、大阪、福岡など5会場で、実演や体験コーナーの指導をした。「お客さんと直接触れ合うことが楽しい。絵付けの楽しさや焼き物の面白さをもっと伝えていきたい」と笑顔を見せる。

 会場で有田焼を使っている人から声を掛けられたり、会社宛てにお礼状が届いたことも。伝統工芸士と自己紹介すると、目を輝かせて作業を見てもらえる。「伝統工芸士になって良かったと思う半面、名に見合う技術があるのかと恥ずかしくなることも」と謙遜する。

 福岡県出身。高校3年の時に「焼き物の仕事がしたい」と思い立った。大分県立芸術短大や佐賀県立有田窯業大学校などで学んだ。別の窯元で3年間下絵付けに従事し、1991年に香蘭社に入社。赤繪町工房にで、上絵付けを担当することになった。

 当時の工房には腕のあるベテラン職人が多くいた。筆の持ち方、絵の具のすり方から教えてもらった。筆の進め方に迷っていると、「隣においで」と呼んでもらい、描く順番や絵の具のちょうどいい粘りの見分け方など、職人技を伝えられた。

 「『見て盗め』で育った人たちが、培った技術を惜しげもなく教えてくれた。ずっと周りの人に恵まれてきた」と振り返る。最初は簡単な物から、徐々に複雑な絵柄を手掛けるようになった。

 伝統工芸士を受験したのは入社20年を記念してだった。その4年前から工房のチーフとなり、製作のスケジュール調整や用具の準備などの仕事が主となり、筆を持てない日が続いていた。だが試験の日は不安より、絵が描けるという喜びが大きかったという。「6時間邪魔されず筆を持てることがうれしかった。きっとにこにこしながら絵に向かっていたと思う」と話す。

 今もチーフとして「筆を持つのは絵の具の試験ぐらい」と苦笑いする。それでも、伝統工芸士会女性部の年2回の作品展には、時間を見つけて作った作品を出品する。「職人仕事も好き。人とつながるのも好き。これからも両方、全力投球で行きたい」

 たていし・いくこ 1964年、福岡県豊前市生まれ。88年有田窯業大学校陶磁器科卒業。91年香蘭社入社。2012年伊万里・有田伝統工芸士(上絵付け)認定。香蘭社美術品事業部製造課錦付チーフ。勤務先=香蘭社、電話0955(43)2131。

このエントリーをはてなブックマークに追加