鹿島ガタリンピックで干潟を舞台にした競技を楽しむ参加者たち=2014年5月、鹿島市の七浦海浜スポーツ公園

 平成の初めごろ、ラジオで有明海の実況中継があった。現場の女性アナウンサーが「今から漁師さんが潟スキーに乗って沖へ出るところです」と言うと、キー局の男性アナウンサーは「2枚の板に乗って滑って行くのですね」と応じるではないか。雪面を2枚の板で滑るスキーを連想したのだろう。

 実は「潟スキー」という呼び方が生まれたのは、ガタリンピックが始まったころだったのだ。企画したフォーラム鹿島のメンバーの1人が、干潟大運動会では芸がないから、ガタリンピックにしたらどうかと発言した時、「押し板」「す板」では格好がつかないから、潟スキーと呼ぶことにしたのだそうだ。

 当時はまだサーフィンやスノーボードは普及していなかったから、スキーしか思いつかなかったのだ。

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