聴く音楽でなく、暮らしの音楽が生まれた

 畦(あぜ)の草を刈っていてもそこだけは残しておく。そこには今時期に咲くネジバナという草がある。ピンク色の小さな花が茎のまわりを螺旋(らせん)状に上がっている。もし切ってしまったらそっと持ち帰って一輪挿しに生けて眺めている。

 先月に我が家を訪れた自転車旅の若い音楽家が三瀬を旅立った。野良仕事やたまご配達で共に働いた後の夕食時には彼のギターが鳴りだした。僕らも家にある太鼓でそれに応える。次女はトロンボーンで低音を支える。彼の自在の演奏と歌に引っ張られて高揚感が増す。あっという間に夜中になるがみんな寝たくない。そんな半月だった。

 旅立つ早朝、通学前に次女から歌の贈り物をした。寝起きの彼はぼうぜんと見つめていた。自転車に60キロの荷を積み、別れの時、これまでの旅でしたことはないと言っていた涙がこぼれていた。余計な言葉は要らなかった。ただいってらっしゃい、とだけ。僕らを置いて彼は振り向かず小さくなっていった。(小野寺睦・養鶏農家)

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