岡本憲幸の総決起大会。唐津の保守政治を支えてきた主流派が擁立したが、峰達郎に敗れた=26日夜、唐津市民会館

■政財界の布陣及ばず

 唐津市長選が終盤に差し掛かった26日夜、唐津市民会館で開かれた前副市長の岡本憲幸(61)の総決起大会。演台を取り囲むように配置された席には、地元政財界の面々が座っていた。

 最前列には自民県議3人と、選挙中の市議も自民系の最大会派から9人。一人ずつマイクを持ち、「あと2日で向こう4年間が決まる」と代わる代わる気合を入れた。

 同じ会場で翌日開いた元県議の峰達郎(56)の決起大会には自民県議1人。自民党は、保守分裂戦のため元自民県議の峰の推薦を見送り、自主投票と決めていたが、唐津の保守本流は岡本支援に回った。

 各世帯に配布する「選挙公報」には「(岡本を)私たちも支援しています」の言葉とともに、企業経営者や医師、文化人ら22人の名前がずらり。多くは旧市内の人々で、前回市長選で峰と三つどもえの激戦を演じた坂井俊之、太田善久両陣営の関係者も合流する連合軍にもなっていた。

 出遅れと知名度不足を取り戻すべく臨んだ「豪華布陣」。それでも8千票差で負けた。一夜明け、岡本を支援したベテラン市議は「完敗。体制をつくった時には間に合うと思ったけど…」と苦々しく語った。思わぬ大差に「副市長では代わり映えしないと忠告されていたが、そこを相手につつかれた」ともこぼした。寄り合い所帯でエンジンがかかるのも遅かった。

 勝ちどきを上げた峰陣営の幹部が「既得権益を保持しようとする旧来型の組織戦を市民型選挙で破った」と誇らしげに語れば、岡本陣営は「峰陣営の背後にはいろんな思惑を持った人物たちがいて、また同じような不祥事が繰り返される」と応酬する。

 強弱はあれ、4人の候補が「市政の信頼回復」を訴え、選挙そのもののあり方から問われた市長選だったが、相互不信は深い。

 合併前の旧唐津市で繰り広げられた1995年の市長選は新人4人の混戦を前副知事が制した。事実上は元市幹部との一騎打ちで、ともに市経済界の重鎮2人が後援会長に就き、市を二分。激しい戦いが繰り広げられた。

 今回、しこりを懸念する声が漏れるが、当時を知る市役所OBは「時間はかかったが、市長があっさりとしていて、その後影響は出なかったはず」と振り返る。

 31日、峰は、対峙(たいじ)した議員らと共に当選証書を受ける。一方、坂井は3日、退任式に臨み、合併前から通算すると14年間、居城としてきた市役所を去る。

 さまざまな思惑が交錯する中、外部からの刷新を選んだ民意の下、トップ交代の時を迎える。(敬称略)

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 「市政刷新」を掲げ、冬の陣を繰り広げてきた唐津市長選を振り返る。

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