それは天皇陛下の原点とされる。1945(昭和20)年11月、疎開先の日光から帰京した11歳の少年の目に飛び込んできたのは、一面焼け野原の東京の姿だった。後に記者会見で「原宿の駅に降りた時、あたりに何もなかったのでびっくりしたのは事実です」と語られている◆終戦翌年の書き初めには「平和國家建設」としたためられた。皇后さまとともに平和を祈り、戦争犠牲者への慰霊をライフワークにされてきた。被爆地や沖縄を訪れ、遠く南洋の島々まで足を延ばし「昭和の負の遺産」に心を寄せてこられた。加えて被災地での激励や障害、病に苦しむ人々、高齢者への励ましにも望まれて赴かれている◆戦後の「象徴」として新たな足跡を刻まれてきた天皇陛下が、皇太子さまに皇位を譲る生前退位の意向を示されているという。公務は老いによって制限されてしまうのではなく、きちんと誠実に務めたい、との強い思いが感じられる◆それに立ち向かうご心労は、想像では及びもつかないことだ。次の世代へ、と考えられても不思議ではない。時代が移ろうとも「国と国民に尽くす」ことを信条にする陛下には、今後の皇室のあり方への特別な思いをお持ちなのだろう◆退位の意向はご立派な決意と思いつつ、物寂しくもある。陛下自らが国民に直接語っていただく機会もあろう。(章)

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