午前6時、晩秋の玄界灘のチリメンジャコ漁に出港する=昨年10月

 蔵元での雇用期間が満了すると、離職票をもらって職業安定所(ハローワーク)に求職を申し込む。失業保険の給付金を受給しながら細々と農業や漁業に勤(いそ)しむが、それだけでは生活設計は成り立たない。

 職業は? と聞かれて出稼ぎと答えた蔵男がいた。出稼ぎ蔵男たちは冬場は酒を造り、夏場半年も家業以外に漁業の網子や土木建設の作業員として実に変則的な生活設計を強いられてきた。肥前杜氏たちはこの繰り返しを引退するまで続ける。

 私も若い頃は真珠養殖やイワシ網、イタヤ貝引き、ブリやタイの稚魚採り。陸では地下街や地下鉄の仕事、井戸堀や庭師の仕事をやった。

 出稼ぎの最初の年、バスの終点で降りて、つづら折りの山道を下り、最後のカーブを曲がって(実家がある肥前町)駄竹の村が眼下に見えた時、涙があふれてきた。今でも思い出すと涙が出るが、あれはうれし涙か、悲し涙か分からなかった。

 啄木ではないけれど、たぶん「ふるさとの山にむかひていふことなし、ふるさとの山はありがたきかな」だったと思う。どこよりも何よりも自分が生まれ育った村が一番良い。

 6月は、5月に植えた稲の生育も順調で一段落する。皆さんは「さなぶり」という言葉をご存じか。さなぶりとは、田植えを無事に終えたことを神様に感謝し、手伝ってくれた人にも感謝するお祝いのことだ。餅をついたり、まんじゅうを作ったり、ごちそうと一緒に神仏に供え、田植えを手伝ってくれた人々を招いてお祝いをした。

 現在、私は66歳。さなぶりの座に加わりながら、労働寿命を延ばすためにもそろそろ酒造りに専念しようと思う。

 いのうえ・みつる 1951年生まれ。「肥前杜氏」として半世紀にわたり酒造りに携わる。現在、有田町・松尾酒造場(宮の松)に勤務。九州酒造杜氏組合長。唐津市肥前町納所。

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