絵・水田哲夫(鳥栖市本町)

 本川と書き「ほんごう」と読む。本川川は「ほんごうがわ」で、脊振・九千部山地の東縁、杓子(しゃくし)ケ峰に降った雨は周辺の丘陵の雨を集めて本川川に集中する。

 ところが、JR鹿児島線が谷を遮断し、川の出口は一本の陸橋の下にしかない。そこで雨水があふれる本川川の遊水池として造られたのが本川大池である。

 かつて基肄(きい)郡と呼ばれた鳥栖市東部と基山町が平安時代の900年代、税務管理のため基肄南郷と基肄北郷に分割された。基肄郡の中心地であった柚比(ゆび)地区(弥生が丘町)が「本郷」と称され、本川(ほんかわ)が「ほんごうがわ」になる。

 大池の南には剣塚前方後円墳とフケ遺跡があり、北に大久保遺跡、平原遺跡、梅坂遺跡、ヒャーガンサン古墳、西には柚比本村遺跡、安永田遺跡がある。弥生~古墳時代の遺跡の中心地、まさに「本郷」である。

=鳥栖・三神 きやぶ百景=

絵・水田哲夫(鳥栖市本町)

文・高尾平良(鳥栖市本町)

このエントリーをはてなブックマークに追加