筑紫流箏曲(そうきょく)の創始者で多久家に仕えた諸田賢順(1534~1623年)をしのぶ会が13日、多久市多久町の専称寺(川副春海住職)であった。琴や尺八の愛好家ら約60人が、賢順ゆかりの古刹(こさつ)に集まり、荘厳な調べの箏曲などを披露して郷土の偉人を顕彰した。=写真

 しのぶ会は、賢順の命日に26年前から、市文化連盟(吉浦啓一郎会長)の主催で開いている。吉浦会長は「諸田賢順の遺徳は毎年伝えなければ廃れてしまう恐れがある。大雨でも中止にすることはできない」と、荒天の中で臨席した賢順の子孫らにねぎらいの言葉をかけた。

 川副住職が賢順を慰霊する読経を上げ、地元箏曲・尺八愛好グループが「六段の調べ」と「編曲元禄(げんろく)花見踊り」などを合奏。賢順をたたえる詩吟や和歌も披露された。

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