笛や太鼓の浮立の音とともに商店街を練り歩く山車。毎年、地域の偉人の人形が飾られ、今年は幕末の医師で遣欧、遣米使節の一員でもあった川崎道民(1831~1881)だった=白石町の八坂神社前

八坂神社の境内には露店が並び、多くの参拝客でにぎわう

 古来、私たちの暮らしは季節の移ろいとともにあった。祭りは、そのことをあらためて実感させる。

 春の訪れを祝い、作物の成長を願い、風水害の季節には無事を祈る。やがて収穫の喜びと感謝…。日本の風土に根付いた、そんな農耕の営みの中で祭りは生まれ、受け継がれてきた。県内各地に残る祭りの多彩さは、それぞれの地域の豊かな独自性でもある。

 白石町の八坂神社で13日夜、恒例の夏祭りが開かれた。秀津という地名にちなんで、「ひーでん祇園」と親しまれてきた風物詩。「よーいやさ」の掛け声で打ち鳴らされる笛や太鼓の浮立に鼓舞されるように、高さ5㍍ほどの山車がゆっくりと商店街を北へ南へ練り歩く。普段はひっそりとした通りも見物の人いきれでむせ返る。

 佐賀藩の初代藩主・鍋島勝茂が領民の田植えの労をねぎらったのが始まりとされ、干拓地造成に力を注いだお殿様らしい縁起の中に、九州有数の穀倉地帯ならではの祝祭の雰囲気が漂う。

 ただ、ほかの多くの祭りと同様、悩みは担い手不足。「これを絶やしたら、二度と復活できない」。氏子総代会長の澤田剛さん(80)は言う。七つの地区が毎年持ち回りで行う山車の飾り付けも、6年ほど前から全地区から手伝いを出すようになった。「住民同士が協力しながら、祭りを作り上げる。その力がまちづくりにつながる」と澤田さん。人口減少に行き惑う地域社会で、祭りを守り続ける意味は決して小さくはない。

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佐賀新聞社は創刊130年を迎えた2014年から、郷土の魅力をあらためて見つめ直すキャンペーン「響きあう。佐賀」を展開してきました。「営み・技」「自然・命」「祭り・絆」の各テーマで、佐賀県内の人々や自然の営みを3年間にわたって取り上げてきました。キャンペーンは今回でひとまず終了しますが、佐賀新聞はこれからも、ふるさとの「宝」を紹介し、次代へとつなぐ地域の活力づくりに力を注ぎます。

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