鹿島出身で「碁聖」と称される平安時代の囲碁の名人・寛蓮(かんれん)が19日、囲碁の殿堂入りを果たした。現代囲碁のルールを確立した寛蓮の功績や、幅広い世代が囲碁に親しんでいる鹿島市の地域性が評価された。佐賀県出身者の選出は初めて。

 寛蓮は874年ごろ、肥前国藤津郡大村(現鹿島市)に生まれ。宇多、醍醐天皇に仕えて囲碁を指導し、913年に囲碁のルールや礼儀作法などを書物「碁式」にまとめ、醍醐天皇に献上したとされる。教養も高く、和歌が新古今和歌集に収められている。

 寛蓮は昨年まで3年連続でノミネートされたものの選ばれず、碁聖寛蓮顕彰会会長の藤永勝之さん(72)が今年3月以降、殿堂入りの票を投じる表彰委員会委員らを鹿島市に招き、寛蓮の功績や碁会所の熱気、小学生の囲碁教室の取り組みを紹介した。

 殿堂入りを受け、藤永さんは「寛蓮が全国区になってうれしい。若い人にもっと囲碁文化を広めていきたい」と喜び、樋口久俊市長は「関係者の地道な努力が実った結果」とたたえた。

 囲碁の殿堂は日本棋院が2004年に始め、これまで徳川家康や本因坊秀策らを選出した。今回は寛蓮のほか井上幻庵因碩も殿堂入りし、合計で20人になった。

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