福岡県久留米市にある石橋美術館が最後の展覧会を開いている。ここには同市出身で佐賀でもなじみの深い天才画家青木繁(1882-1911年)の代表作「海の幸」などが展示されているが、同美術館の運営が石橋財団(東京)から久留米市に移り、「海の幸」を含む所蔵品がブリヂストン美術館(東京)に移管、久留米での常設展示がなくなるため、ファンの間で惜しむ声が広がっている。

 石橋美術館は、ブリヂストン創業者で久留米市出身の石橋正二郎氏が同市に寄贈し、1956(昭和31)年に開館、1977年から石橋財団が運営してきた。青木繁、坂本繁二郎、古賀春江ら地元ゆかりの画家の作品などを展示、距離的にも近い佐賀県民にも身近な美術館として親しまれている。

 特に青木繁は、28歳という若さで他界したが、最晩年に唐津、小城、古湯温泉などを放浪したこともあり、波乱に満ちた生涯に思いをはせる熱心なファンが県内でも多い。代表作「海の幸」は青木繁が、東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業した1904年の夏に制作。裸の漁師たちが大きな魚をかつぎ、誇らしげに浜辺を歩く姿をエネルギッシュに描いており、1967年に国の重要文化財第1号に指定されている。

 この「海の幸」をめぐっては、制作の場となった千葉県の漁村・布良(めら)=現館山市=にある元網元の家「小谷家住宅」の修復保存活動が広がり、佐賀県の関係者も一役買っている。

 2010年に発足した「NPO法人青木繁『海の幸』会」が募金活動などを展開。この活動に佐賀市出身の独立美術協会会員吉武研司さんや、東光会常任審査委員の金子剛さん(佐賀市)らが賛同し、今年3月には、青木が画会(個展)を開いた佐賀市の「旅館あけぼの」で、「青木繁」を語る会を開催、130人を超す参加者が集まっている。

 こうした活動が実り、修復された小谷家住宅は4月29日から一般公開され、「青木繁『海の幸』記念館」として、当時の部屋を見ることができるようになっている。

 保存活動にかかわってきた金子剛さんは、「青木繁の代表作が、彼の生まれ故郷である久留米市の石橋美術館を離れるのは、なんとも寂しい。『海の幸』は、同時期のピカソやセザンヌの作品に並ぶ洋画史上に残る傑作。放浪の末に貧困と孤独に苦しんだ青木の生涯に、いま一度、気持ちをはせたい」と語る。

 石橋美術館では現在、「石橋美術館物語」と名付けた特別展を開催。「海の幸」と、青木繁が1907年に制作し国重文となっている「わだつみのいろこの宮」などの名画を展示、60年に及ぶ同美術館の歩みをたどっている。

 特別展は8月28日までの開催(月曜休館、ただし8月15日は開館)で、その後、石橋美術館は休館し、10月から「久留米市美術館」として引き継がれる。主要作品が移管されるブリヂストン美術館は現在新築工事中で、2019年秋の開館予定という。

 石橋美術館は、九州にほとんど美術館がない時代に東西の名画を紹介する役割を担っており、来館数は390万人を数えるという。夏休みを利用し、青木繁の画業と同美術館の歴史を振り返る機会にしたい。(丸田康循)

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