昭和38年の発掘調査風景。中央右寄りから右下へ列石が続いている

■貴重な7世紀の「古代山城」

 史跡おつぼ山神籠石(こうごいし)は杵島山から続く丘陵に築かれた古代山城で、昭和37年に発見されました。「列石」と呼ばれる石の並びを特徴とする城壁を持ち、全体の長さは推定1.8キロ、途中に門跡2カ所と水門跡2カ所があります。

 古代山城は全国で23カ所しか確認されていない貴重な遺跡です。築城された7世紀は、朝鮮半島で高句麗・百済が唐・新羅に滅ぼされ、国際情勢が不安定な時代でした。古代山城は国防のためヤマト政権によって、朝鮮半島の技術を導入して築かれたと考えられています。

 「神籠石」は、広大な範囲を列石で取り囲む遺跡ですが、発見当時は謎の遺跡とされていました。その性格について、霊域説と山城説が議論される神籠石論争が明治時代から続きました。

 昭和38年、神籠石で初めて本格的な発掘調査をされたのが、おつぼ山です。この調査によって神籠石の構造を明らかにし、「神籠石は山城である」との結論を出しました。

 このことは、神籠石論争に終止符を打っただけでなく、建造主体、建造時期を推測可能にしました。これにより、おつぼ山の遺跡は学史に名を残しています。

 武雄市図書館・歴史資料館では、おつぼ山神籠石に関する唯一の出土遺物である柱根などを展示した「たけおのお宝 Part1」を16日まで開催しています。(武雄市図書館・歴史資料館 一ノ瀬 明子)

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