衆院解散表明に至る経緯

 衆院解散を表明した安倍首相の記者会見を伝える街頭テレビ=25日午後、東京・有楽町

 安倍晋三首相は25日、衆院解散の意向を正式に表明した。森友学園問題などの審議を置き去りにする臨時国会冒頭解散は世論の反発を招きかねないが、衆院議員任期が満了する残り約1年3カ月のリスクを計算し、判断に至った。北朝鮮情勢や民進党の混乱、選挙準備不足の新党などを横目に、政権維持に有利なタイミングをしたたかに探った舞台裏を検証した。(共同)

 10日夜。首相は東京都内の私邸に麻生太郎副総理兼財務相を招いた。

 首相「北朝鮮情勢が今後、緊迫する可能性がある。解散は今しかない」

 麻生氏「トランプ米大統領の11月上旬の来日まで間がある。首相の判断にお任せする」

■ 渡りに船

 28日の召集日解散、10月10日公示―同22日投開票。政権トップ2がウイスキーを片手に腹合わせした瞬間だった。国連安全保障理事会が今月12日に採択した石油供給制限を含む北朝鮮制裁決議は、時間がたつほど効果が出る。トランプ氏は軍事行動もいとわないとされ、先延ばしすれば、解散判断は難しくなる。

 麻生氏は首相時代に解散の機を逃して政権を失った体験を踏まえ、これまでも安倍首相に早期解散を働き掛けてきた。

 この夜は消費税も話題に上った。税率10%への増税時の一部増収分を教育無償化に充当すると訴えてきた前原誠司氏が民進党代表に就いた。2人は、社会保障と借金返済を目的に増税を決めた2012年の自民、公明、民主(当時)の3党合意が崩れたと受け止めた。

 政府関係者は「19年10月の増税は避けられないと踏む首相にとって『渡りに船』だった」と解説する。自らも教育無償化への充当を考えていた首相は、その場で麻生氏に、増収分の使途変更を公約の柱に据えると提案。首相宅を辞した麻生氏はホテルに待機させていた財務省幹部に、早速検討に入るよう指示した。

■ 後押し

 首相は元々来年9月の自民党総裁選後を軸に解散戦略を描いていた。だがことし8月中旬ごろから、臨時国会での解散が頭をよぎるようになった。加計問題などで政権不信が収まらず「このままでは政策遂行がおぼつかない」。10月下旬にも加計(かけ)学園の獣医学部新設の可否判断が出る。早めに衆院選で信を得てリセットする考えに傾いた。

 後押ししたのが民進党の状況だ。離党ドミノに加え、山尾志桜里元政調会長の既婚男性との交際疑惑報道もあり、党勢回復の兆しは見えない。小池百合子東京都知事側近らによる新党の準備も緒に就いたばかりだった。

 9月上旬の自民党情勢調査は、単独過半数を維持するものの現在より40議席近く減らす内容だった。菅義偉官房長官はトランプ氏の来日や、臨時国会で働き方改革関連法制定などの実績を残した後の解散を主張した。

 それでも考えが変わらない首相は9日、党幹部に電話で相談した。「民進党が北朝鮮危機に対処できるか」。興奮気味の首相に幹部は「野党は政治空白を批判する。解散の大義だけは示してください」と注文した。

■ 「お願い」

 解散判断の背景には憲法改正の実現が遠のいた事情もあった。内閣支持率の一時急落で、首相自身が「スケジュールありきではない」と軌道修正していた。海外では改憲案などが国民投票で否決され政権が倒れる例が続いた。首相は衆院「改憲勢力」3分の2超の現有議席の維持より、態勢立て直しを選んだ。周辺は「小池新党も改憲派」と選挙後に期待をつなぐ。

 11日、首相は公明党の山口那津男代表と官邸で昼食を共にした。臨時国会中の解散を検討していると明かし、翌日旅立つ山口氏にロシアでの連絡先を尋ねた。電撃解散を知らせるためだった。

 15日、首相は自民党の二階俊博幹事長を官邸に呼び、内々に選挙準備を指示。夜に訪ロ中の山口氏に電話で、臨時国会の冒頭にも解散すると伝えた。「そうですか」と短く応じた山口氏はみるみる表情をこわばらせた。

 公明党や支持母体の創価学会が16日から準備に動き、解散情報はたちまち永田町を駆け巡った。

 18日、訪米を3時間後に控えた首相は、ロシアから帰ったばかりの山口氏と私邸で会った。首相の頭を離れなかったのは、公明党が小池知事と組み、自民党が惨敗を喫した都議選だ。不安を埋めるように重ねて要望した。「くれぐれも選挙の支援をお願いします」

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