暑い夏でも涼しくなる、怖い噺(はなし)を一つ。ある男が夏の日に甚平を着て友人宅を訪れる。そこで見た草を「これは『蛇含草(じゃがんそう)』という薬。大蛇が人間を丸呑(の)みしたときに舐(な)めて消化の助けにした」という触れ込みで、男が譲り受けた◆男はその家で餅を食べすぎ、どうにもこうにもお腹が張り裂けそうになる。帰宅し、もらった蛇含草を舐めた。心配した友人が様子を見に訪れ障子を開けると…。そこには餅が甚平をまとってデンと座っていた。なんと蛇含草は舐めた人間の方を溶かしてしまう薬だったという上方落語の一編だ◆「薬」が人の役に立つと思い込み、使ってはみたが、滅ぼされたのは人間の方だったのである。薬物は時として思わぬ結果をもたらす。世界反ドーピング機関によれば、2014年ソチ冬季五輪などでロシア政府が主導して禁止薬物使用を隠蔽(いんぺい)する工作をしており、ロシア選手の尿検体をすり替えたという◆ここにきて、リオ五輪にロシア選手団が出場できるか危ぶまれている。4年に一度しか巡ってこない檜(ひのき)舞台にだ。望んで手を出した選手ばかりではなかろう。どんな触れ込みで選手たちの体に入っていったのか◆夢を目の前に、行きつくための橋まで溶かしてしまっては元も子もなかろうに。しかも国ぐるみとは、どう考えても罪深い。これは笑い話ではすまない。(章)

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