絵・水田哲夫=鳥栖市本町

■自由市場に芸能集団も

 JR鳥栖駅近くの「鳥栖中央公園」に池がある。大正時代、ここを流れる小原川(おばるがわ)をせき止めてつくった農業ため池である。

 平安時代に成立した公領(くりょう)「瓜生野保(うりゅうのほ)」に鎌倉時代、祇園宮が京都から勧請され商業地「瓜生野町」ができ、やがて「瓜生野本町」「本町」となる。

 町の東を流れる小原川の河原だった池の北側からは十字路と数軒の「町屋」が発掘された。1軒の町屋からは数十個の「火舎」すなわち火鉢が見つかり、火鉢問屋があったことを示す。

 鎌倉時代から戦国時代、河原は「主なき土地」とされ、権力からの避難所「アジール」として商業者・芸能者らが集まる。

 江戸時代初期、田代代官所は小原に居住する芸能集団「小原狂言衆」を解散させ、帰農させている。小原は河原に生まれた自由市場町であり、人々と物資の集積地であった。現在の鳥栖市の中心商店街のど真ん中に鎌倉~戦国時代の商業地が存在し繁栄していた。(文・高尾平良=鳥栖市本町)

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