民主主義の社会において発言や行動の自由がいかに大切か。今、その意義をあらためて確認する必要があろう。犯罪の計画を罰する「共謀罪」の構成要件を取り込んだ組織犯罪処罰法改正案や2014年に施行された特定秘密保護法、権力の強権的な姿勢など一般市民や報道機関を萎縮させかねない抑圧の動きへの危惧が強まるからだ。

 現状の問題点を指摘する声や多数意見に対する異論は議論を喚起し、その声を取り込んで政治や社会は進展してきた。例えば、人権や生活を保障するさまざまな制度はこうして築かれたものだ。

 「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」という憲法21条は、国民が政治の意思決定に参加する権利を定めた規定だ。「表現の自由」の重要性を再確認し、抑圧の動きに対抗したい。

 まず「共謀罪」法案から指摘しよう。その問題点の一つは「何を行えば罰になるのか」の線引きがあいまいなことだ。不明確な線引きのため「もしかしたら罰せられるかもしれない」と恐れた市民は萎縮して発言や行動を控える可能性がある。

 先日の衆院本会議で民進党の山尾志桜里衆院議員はこの点を指摘。「線引きの明確性や安定性を欠いた刑罰法規は自由の範囲を不明確、不安定にする」と強調し、「迷ったら、やめておこうという自発的な萎縮をもたらし、いったん萎縮した自由を取り戻すのは並大抵ではない」と主張した。

 計画段階の動きを把握するため捜査当局による監視が拡大する懸念も拭えない。国際ペンクラブのジェニファー・クレメント会長も声明を発表し、「共謀罪は日本の表現の自由とプライバシーの権利を侵害する」と批判している。

 もっと直接的な抑圧の動きもある。沖縄県で米軍基地移設への抗議活動を続ける反対派リーダーの山城博治さんは、米軍訓練場近くで有刺鉄線を切った器物損害の疑いなど逮捕、起訴され、微罪で約5カ月間も拘束された。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは「抗議活動への参加をためらう人が出始め、市民に平和的な表現や集会の権利の行使を思いとどまらせる悪影響が出ている」と警告したが、これも萎縮の問題だ。

 危惧が強まる状況の中で重要なのは報道機関の役割だろう。だが現状はどうか。国連人権高等弁務官事務所は5月末、言論と表現の自由に関する特別報告者デービッド・ケイ米大学教授の対日調査報告書を公表。特定秘密保護法で日本のメディアが萎縮している可能性や、政府が放送局を規制できる放送法によってメディアの「自由と独立」に不当な制約が課せられる懸念を指摘している。

 報告書は国連としての見解ではないが、近く国連人権理事会で説明される。日本政府は「伝聞情報に基づき不正確で不十分な内容だ」と反論する。だが国際的な視点からの指摘を謙虚に受け止めるべきだろう。

 国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が発表する世界の報道自由度ランキングで日本は10年の11位から17年は72位に落ち込んだ。侵される「表現の自由」の問題は、報道機関の在り方も問うている。権力を監視するという本来の役割を果たせているのか。自主規制に陥っていないか。報道機関の重い責任も再確認したい。(川上高志)

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