諫早湾を閉め切った潮受け堤防。定期的に排水門のゲートが上がり、調整池にたまった水が海(手前側)に排出される=長崎県諫早市

「江戸前ずし」の代表格とされるコハダ。東京で最も消費されているのは佐賀産という=東京都内の寿司店

■「汚い水、海に流さんで」 定期排水、有明海の漁に影響

 艶光りするコハダを、東京都内にある高級寿司(すし)店の男性親方(66)が慣れた手付きで握っていく。「江戸前ずし」の光りものの代表格とされるコハダは、成長に応じてシンコからコノシロまで名前が変わる出世魚。「すしと言えばコハダ。夏場の有明海のシンコは脂が乗ってうまいよ」

 築地など東京都中央卸売市場で扱うコハダは年間約600トン。有明海に面する藤津郡太良町竹崎で水揚げされる佐賀産が約4割で、熊本産と合わせると九州の海で8割近くを占める。

 東京の食文化も支える有明海だが、20年前にはなかった現象が起きている。

 「魚からアオコの臭いがする。そこの漁場では捕らないでほしい」

 投網漁を専門にするコハダ漁師寺田豊さん(46)=太良町竹崎=の電話に、築地市場の関係者からクレームが入った。2015年8月、竹崎から近い諫早湾内で漁をしていた。「有明海のシンコが高く売れるのは夏の1週間から10日間と短い。諫早湾で捕れるサイズが一番大きいのに…」

 竹崎の20軒ほどのコハダ漁師で、一時的に諫早湾以外で漁をすると決めた。ただ、魚介類は水揚げする港で産地が決まる。ほかの漁場で捕っても「佐賀産」というだけで市場から敬遠され、寺田さんの出荷量は9月上旬まで落ち込んだ。

 国営諫早湾干拓事業で、諫早湾奥を閉め切った約7キロの潮受け堤防。潮が引いた時間帯に排水門のゲートが上がると、調整池にたまった海水と異なる色の水が海側に流れ出す。調整池には本明川などから水が流入し、水位調整のため定期的な排水を必要とする。

 農水省の資料では、排水は堤防が閉め切られた1997年4月から始まり、2015年度の量は計約4億5千万トン。排水は月に10~30回程度で、1回の量は最小で30万トン、最大で940万トンだった。

 沿岸環境学を専門とする熊本県立大の小森田智大講師は「栄養を含んだ淡水の流入自体は海に必要だが、調整池内に水がとどまることでアオコや赤潮の発生を招きやすい」と指摘、「一度に大量排水すると、湾内で海水と混ざらずに層ができ、漁業資源の減少をもたらす貧酸素水塊の発生要因にもなる」とみる。

 一方、農水省は「調整池の水質は他の湖沼や有明海の流入河川と比較しても問題ないレベル。排水は漁業に影響しない」と説明する。堤防に近い諫早市小長井町の漁業者松永秀則さん(63)は「排水の臭いがきつい6月から9月は自主的に休漁している。無理に出荷しても取引先の信用を失うだけ」と唇をかむ。

 排水門を開けて調整池内に海水を入れ、堤防閉め切りと有明海の不漁の因果関係を調べる「開門調査」を求める佐賀県側などとは対称的に、諫早湾沿岸の道路や干拓地には「開門反対」の看板が立ち並ぶ。訴訟に発展し、農漁業や地域間の対立が際立ち、福岡高裁が2010年に命じた開門調査のめどは立っていない。

 この20年、市場からの苦情は1度だけではない。「開門調査をせんでもよかけん、汚い水を海に流す開門もせんでほしか」。寺田さんはつぶやいた。

 ※「ギロチン」と呼ばれる293枚の鋼板を下ろし、長さ約7キロの潮受け堤防で諫早湾が閉め切られてから14日で20年。有明海沿岸の営みの変化や課題を追う。

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