教育勅語謄本

 教育勅語を学校教材に使うことを容認した政府答弁書が波紋を広げている。文部科学省は「勅語そのものは歴史教科書にも載っている事実」と従来通りの立場を強調するが、教育現場では政府のお墨付きが与える影響を心配する声が出ている。野党も「安倍政権の戦前回帰だ」と批判を強めており、「森友学園」問題をきっかけに降って湧いた議論は収まりそうにない。

〈道義国家〉

 「積極的に活用する考えは全くない。大いなる勘違いじゃないですか」。4日の記者会見で菅義偉官房長官は、安倍政権が教材活用を勧めているのではないと強調。1948年の衆参両院の排除、失効決議にも言及し「法制上の効力が喪失したというのは現在も全く同様だ。国会決議に反しているという指摘は当たらない」と語気を強めた。

 今回、教育勅語が政治問題化したのは学校法人「森友学園」の幼稚園が、園児に教育勅語を暗唱させていたのが発端だ。3月の参院予算委員会では稲田朋美防衛相が「日本が道義国家を目指すべきだという核の部分は取り戻すべきだ」と発言し、質疑が紛糾した。

〈家族の絆〉

 菅氏の発言には、こうした動きと現政権の基本姿勢を関連付けさせたくないとの思いがにじむ。だが、教育勅語は2006年に教育基本法改正案が国会提出された際も、何度か議論の俎上(そじょう)に載せられており、当時、官房長官として衆院委員会の答弁に立った安倍晋三首相が親子、兄弟、夫婦の和のくだりを「大変素晴らしい理念が書いてある」と持ち上げた経緯もある。

 改憲の動きとも無縁とは言い難い。自民党は12年にまとめた憲法改正草案に「家族の尊重」を盛り込み、党のパンフレットではその理由を「家族の絆が薄くなってきていると言われる」と説明している。この草案について党関係者は「教育勅語のくだりを意識した」と証言する。

 教育勅語の活用を促進も否定もしない慎重な言い回しとなった今回の答弁書。松野博一文科相は「教材自体の性質よりも、その教材で教育がどのように進められるかにポイントを置いた」と、現場の裁量に委ねる姿勢を強調する。

〈お墨付き〉

 元文科省官僚の寺脇研・京都造形芸術大教授は「防衛相のように『教育勅語の中身は良い』と言うのは不適切だが、教育で使うなら歴史以外に考えられず、憲法や教育基本法に反する形にはならない」と指摘する。

 だが、行政文書特有の分かりにくさが教育現場で誤解を生むのを心配する声もある。

 西日本の高校で地理歴史を担当する30代の教員は「歴史を多面的に考える材料にするのが問題とは思わない」との立場だが、「今回の政府答弁で教育勅語の内容にお墨付きが与えられたと誤解して、賛美するような教員が現れるかもしれない」と話した。

■教育勅語全文注釈

 教育勅語の全文通釈(旧文部省「聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告」1940年)は次の通り。(本文のかっこ内は注釈)

 朕(ちん)(天皇の一人称)がおもうに、わが御祖先の方々が国をお肇(はじ)めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、又、わが臣民(君主国の国民)はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一つにして代々美風をつくりあげて来た。これはわが国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にここにある。汝(なんじ)臣民は、父母に孝行をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互いに睦(むつ)び合い、朋友(ほうゆう)互いに信義を以(もっ)て交わり、へりくだって気随気儘(きずいきまま)の振る舞いをせず、人々に対して慈愛を及ぼすようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々(もろもろ)の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧(ささ)げて皇室国家の為(ため)につくせ。かくして神勅(しんちょく)(神の命令)のまにまに天地と共に窮(きわ)まりなき宝祚(あまつひつぎ)(皇位)の御栄をたすけ奉れ。かようにすることは、ただに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなおさず、汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらわすことになる。

 ここに示した道は、実にわが御祖先のおのこしになった御訓であって、皇祖皇宗(天皇の祖先や歴代の天皇)の子孫たる者及び臣民たる者が共にしたがい守るべきところである。この道は古今を貫いて永久に間違いがなく、又わが国はもとより外国でとり用いても正しい道である。朕は汝臣民と一緒にこの道を大切に守って、皆この道を体得実践することを切に望む。【共同】

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