毎年4月9日の命日にあわせ、賀島兵介公をしのぶ賀島祭。功績をたたえる碑の前で、神事が執り行われた=鳥栖市田代本町の安生寺

永世神社(鳥栖市永吉町)に伝わる賀島兵介公の肖像画

■碑の前に知事ら50人

 江戸時代に対馬藩田代領で善政を敷いた副代官・賀島兵介(かしまひょうすけ)公をしのぶ「賀島祭」が9日、鳥栖市田代本町の安生寺であった。当時の領地に当たる基山町と鳥栖市のほか、対馬市からも行政関係者など計50人が参加し偉功をたたえた。

 賀島公は延宝3(1675)年に田代代官所副代官に着任。貞享2(1685)年までの10年間に、飢餓に苦しむ農民に米を提供したり、堤防や河川の整備を進めたりしたことから、領民から慕われた。その遺徳は後世まで伝えられ、賀島公の功績をたたえる領民代表の庄屋たちが、寛政6(1794)年に「憲副賀島君碑」を建立した。

 賀島祭は公の命日である4月9日に毎年開かれており、碑の前で神事が執り行われた。出席した山口祥義知事は「行政は『ルールにのっとって』と言いがちだが、賀島公は住民の暮らしが良くなっているか、あらかじめ決められたことをゼロベースで見直すことができた方。まさにそれが大事」と述べ、偉人の業績を尊び、県政に生かすことを誓っていた。

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