諫早湾内のアサリ漁場で、貝を掘る松永秀則さん。背後には潮受け堤防が見える=長崎県諫早市

■干潟消え細る漁業資源

 「海面を飛び跳ねているのはメナダの群れ。アゲマキも湧くようにいた。漁業資源が豊富で『有明海の子宮』と呼ばれてね」

 40年以上にわたり有明海を活写してきた中尾勘悟さん(83)は、鹿島市の自宅で映像を見て懐かしんだ。自身も携わった有明海の記録映画「苦渋の海」に、国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防着工前の1980年代の諫早湾が映っていた。

 87年から2016年まで30年間の移り変わり。深刻になる不漁、消えゆく伝統漁法。「諫早湾はとにかく良か海やった」「浜に行けばどんくらいでもお金が落ち取るって。そんくらい豊かやったんですよ」。漁業者の寂しげな声が流れる。

 多様な生物が生息し、海の浄化作用も担う干潟。堤防閉め切りで諫早湾奥の1550ヘクタールの干潟が消えた。中尾さんは「湾内や湾口周辺の不漁は干拓事業の影響が最も大きい」とみる。

 今年も春先から、諫早湾沿岸でアサリを掘る漁業者の姿が見え始めた。長崎県諫早市小長井町の漁師松永秀則さん(63)は「秋に中国産の貝を漁場にまき、半年ほどで取り出している。夏場を越えられずに死んでしまうから」と語る。

 諫早湾はもともとアサリの生息には厳しい泥質干潟。1970年代から漁場整備に力を入れ、湾内のアサリ漁獲量は79年にピークの1775トン、96年まで1千トンを超える年があった。

 堤防着工後の湾内では、大きな収入源だったタイラギが90年代前半から採れなくなり、小長井町漁協の水揚げ高はアサリが全体の半分以上を占めるようになった。小長井町を含む湾内3漁協を支えるのは、長崎県や諫早湾地域振興基金などで財源を賄う「諫早湾水産振興特別対策事業」。アサリとカキの種苗購入をはじめ、アサリ漁場整備などの援助を受ける。

 湾内では開門調査の賛否は分かれる。小長井町漁協の新宮隆喜組合長(74)は「残った海で何をするかが大事。意欲のある組合員の30、40人がちゃんと食べている」と話す。沖合に設置した筏(いかだ)でカキ養殖に取り組み、この20年でアサリに続く収入源に。「潮受け堤防で強い風を遮り、潮流も穏やかになったためカキ養殖ができる」とし、開門による環境の変化を懸念する。

 対策事業で購入するアサリの量は、湾内全体で年間200トン前後。だが、ここ数年の湾内の水揚げは200トン台かそれを切る年もある。松永さんの昨季の水揚げは約1トン。その前の秋に2・7トンの貝を入れたが、死んだりエイの食害に遭ったりした。「60万円分の貝を個人負担1割で購入して漁場にまき、苦労して50万円の収入。補助金がなければ成り立たない漁だけど、それに頼らざるを得ない組合員も多い」

 対策事業の予算は本年度約1億円。この10年で3分の2に落ち込んだ。約30年前にできた諫早湾地域振興基金が予算の一部を担うが、深堀辰之介専務理事は「基金ができた頃は高金利で積み立ても多くできたが、低金利の近年は運用益だけでは賄えない」。保ってきた20億円の基本財源は本年度から取り崩しが始まる。

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